新規事業とルールメイキング戦略

社会情勢の変化,情報技術の革新,消費者ニーズの細分化等により,法が当初想定していなかった新しい事業が次々と出てきています。
新しい事業アイデアが既存のルールに違反しなければ問題ないのですが,既存のルールには違反する場合や,違反するかどうかグレーな場合,そもそもまだルールが我が国に存在しない場合などには対処に困ってしまいます。
しかし,だからといって,リスクをとって簡単に諦めてしまうのは,せっかくその市場で先駆者・第一人者になることができるチャンスかもしれないのに勿体無いです。そのような場合に「ルールを新たに作る」という発想もあるときっと選択肢も広がると思います。
今回は新たな事業アイデアをどう実用化していくかを法律の観点から見ていきたいと思います。

まずは適法性のチェック
まずはその事業アイデアが既存のルールに違反するものでないかをチェックします。
ルールと言っても,法律レベルのもの,解釈レベルのもの,業界団体の自主規制レベルのものなど様々あります。また,1つの法律の検討だけで済むことはそれほど多くなく,検討対象が複数の法律にまたがることもよくあります。
この段階では,類似サービスの法規制や経産省らの公開情報などを参考にしながら,漏れがないよう,徹底的にリサーチを行う必要があります。

リサーチ結果の分析
リサーチの結果,もし明らかに違法であったり,あるいは違法となる可能性があるという場合には,既存のルールの中でどうにか実現できないか,事業の価値を損なわない範囲内で,そして事業者の想定・許容する負担の範囲内で,適法に近づけるための条件を設定できないかを考えます。
たとえば,空き家を贈与したい人と譲り受けたい人とのマッチングサービスであれば,これが「宅地・建物の売買,交換または賃借の媒介」に当たると宅建業免許が必要になるので,贈与以外の手段(売却,交換など)などが見込まれる場合にはマッチングサービスの提供を終了するルールにするなど。

ルールを新たに作る
リサーチ結果を分析した結果,既存のルールに全く抵触しないと自信を持って言い切れないケースもあろうかと思います(これまでに無かった事業であれば,むしろそういうケースの方が多いでしょう)。また,抵触しないと考えたとしても,投資家や取引先との関係で行政庁のお墨付きをもらっておきたいという場合もあるでしょう。
そこで,このような場合,「ルールを新たに作る」という発想から,主に次の3つの制度の利用が考えられます。今回は事業者単位で活用できる方法を紹介します。
・グレーゾーン解消制度
・規制のサンドボックス制度
・新事業特例制度

グレーゾーン解消制度
グレーゾーン解消制度とは,新たな事業を行おうとする事業者が,既存の規制の適用対象となるかがはっきりしない場合においても,安心して新たな事業を行えるよう,具体的な事業計画に即して,規制の適用の有無や解釈をあらかじめ行政庁に確認できる制度です。行政庁のお墨付きをもらっておきたい場合にも有用です。
グレーゾーン解消制度は既存ルールの範囲内で解決を図ろうという制度ではあります。ただ同時に,既存の規制に違反しないという回答が行政庁から得られれば,「これまでに無かった新しいルールを発見・獲得した」ことになりますので,「ルールを新たに作った」ともいえます。
さきほど挙げた不動産贈与のマッチングサービスもグレーゾーン解消制度を利用しています。このほか,寝具の製造,加工,販売等を行う会社が,睡眠を改善したい利用者に対してヒアリングや簡易測定を通して睡眠環境の分析・可視化を行い,その分析結果を踏まえたアドバイスや商品提案を行うことが医師法所定の「医業」に該当するか(医業にあたると医師しかできません。)を確認するためにグレーゾーン解消制度を利用した結果,該当しないとの回答を得たため,睡眠環境のコンサルティング事業を開始したという例などもあります。
グレーゾーン解消制度を利用する事業者は,まず事業所管省庁(ひとまずは経産省でよいでしょう。)と事前協議し,事業内容や規制法令の確認等を行います。規制に抵触しないようにするための助言・指導をしてくれることもあります。さらには,この段階で,規制の適用の有無や解釈についての規制所管省庁からの回答の方向性・方針等も教えてくれます。事業所管省庁が規制所管省庁との間に入って調整をしてくれる点が大きな特徴です。この事前協議が非常に重要です。
事前協議の結果,事業者の期待できる回答が得られそうな場合には本申請へ進めることになります。他方,期待する回答が得られなさそうな場合には,そのような公式回答が残らないよう,グレーゾーン解消制度の本申請を取りやめて,後記する「規制のサンドボックス制度」や「新事業特例制度」の利用を検討することになるでしょう。

新事業特例制度
新事業特例制度とは,既存の規制の下では実施できない事業につき,事業者からの提案を受けて規制の特例措置を設け,安全性等の確保を条件として,事業者単位で特例措置の適用を認める制度です。
特例措置により他の事業者が行えなかった事業ができるようになるという非常に強い効果を得られる点が特徴ですが,その分難易度も高い制度です。
たとえば,電動キックボートは道路交通法上「原動機付自転車」としてヘルメットの着用が義務付けられ,かつ,車道を通行することとされていますが,ヘルメット着用を任意とすること,自転車道の走行を認めることなどの特例措置の整備が事業者から要望され,規制の特例措置が講じられています。

規制のサンドボックス制度
IoT,ビッグデータ,AI,ブロックチェーンなどの革新的な技術や,シェアリングエコノミーやプラットフォーマー型ビジネスなどの新しいビジネスモデルを活用した事業など,既存の規制では実施が難しそうな事業を,一部規制を緩めて「お試し」で実施し,その実証データを用いて規制当局に規制の見直しを働きかける制度です。
サンドボックスとは直訳すると「砂場」のことです。子供たちは砂場という外界とは区切られたスペースの中で,試行錯誤しながらお城を作ったり自由に遊びます。それと同じように,期間や参加者を限定した場を設けて,その中で既存の規制の適用を受けることなく新しい技術等の実証を行うというのがこの制度です(ただ,実際には,既存の規制に適合するようにルール・条件をアレンジした上で実証を行うことにはなります)。
たとえば,定期建物賃貸借契約を結ぶ際には,賃借人保護のため「書面」によってしなければならないとされているところ,入居者にテレビ会議等を活用した事前説明を行った上で電子契約システムを使って締結するという新規事業につき,賃借人の利益を損なわないかを検証するため,実施期間・実施場所・参加者等を限定したうえで実証計画が認可されています。
既存の規制の下ではほぼほぼ実施が難しそうな場合や,グレーゾーン解消制度の事前協議の結果規制所管官庁から期待できる回答が得られなさそうな場合などに,規制の見直しを求めるための説得材料を得て既成事実を作ろうとするものともいうことができますが,実証計画が実施できたとしても,それが必ず規制の見直しにつながるわけではないことは注意する必要があります(もっとも,前記の定期建物賃貸借契約の件は,その後,契約は電子契約システムでも可能などとする法改正が実際になされています)。

ルールメイキングの前に
なお,ルールメイキングを進めるにあたっては戦略策定が重要になります。
・ステークホルダーマッピング
行政以外に誰に働きかけるか、行政だけでは行政も動きにくいかも
・アジェンダ設定
政策課題として共感されるような社会的意義を
・フレーミング
 ピックアップした課題・問題をどのような切り口から社会に訴えていくか

最後に
ルールメイキングは,一見すると迂遠ですが,成功したときの先行者利益は非常に大きいです。新たな事業アイデアを思い付いたものの,既存のルールにぶつかったときには,本稿を思い出していただければ幸いです。

【文責・堤世浩(堤半蔵門法律事務所代表弁護士)】